いろはにわか

にわか者の感想文です。整合性より感受性。

夢日記

 こんな夢を見た。
 サイクリングが趣味の私は、晴れた真昼に自転車で遠出をした。行き先は決まっていなかった。あてどなく自転車をこいだ。しかしGoogleマップを見ると、妙光寺という名の寺が目に入る。角を左に曲がって、道が絶えた先にある。そこに行きたくなった。
 向かうと、確かに道とも言えない細い道が続いていた。私の他には横にもう一人通れるぐらいだ。踏みならされた土の道に沿って、雑草が生い茂っている。空は曇っていた。周囲には古い民家が点在していた。他より一段高いところまで行くと、もう雨がぱらついてきた。脇の家から中年の女性が出てきた。雨宿りしていかないかと言うので、私はそうすることにした。そこで意識が途絶えた。
 目が覚めると祖母の家だった。私は布団に横たわっていた。記憶にある通りの配置で、家具や雑貨が視界に映る。傍らでは古い友人が二名、沈痛な面持ちで座っていた。祖母が部屋に入ってきて、何か私に説明をしながら手渡してきた。中身は要領を得ないが、私が「発見された」という旨の報告だった。
 私はそこに、凌辱や蹂躙の意味を嗅ぎ取った。唐突な知覚だった。しかしすぐに、ほんの一日で大したことはできるはずがないと思い直した。流れるような思考だった。自分がそんなことになるはずがないという気持ちも、少しあった。ただ、深刻な目に遭って一時でも記憶を失うなんて出来事が自分に起こったのかという、緊張が発生していた。

 祖母が渡してきたのは新聞だった。どういう名前の新聞かは知らない。しかし私は、それが宗教団体の発行している新聞だと瞬時に把握した。白黒の写真で大きめに写し出されていたのは、珍妙な着物を着て、少し俯きがちに立っている自分だった。珍妙としか言えない、洋服に帯を締めたような格好だろうか。色は「黄色」が目に浮かぶ。白黒なのだが黄色だと感じる。特に帯の辺り。

 斜め下を向いている自分も普段と違って、もみあげや横髪が長いのに、後ろ髪だけざっくりと短かった。ふいに首の後ろに手を回すと、切り落とされた髪がちくちくとした。しかし私はずっと、そう日も経っていないのに大したことはできないと思っていた。
 この間に、新聞を出している宗教団体が流すCMが流れる。「解放」を表現しながら、若い外国人の女の子が二人、高いところから落ちた。地面にベッと落ちたようだが、落ちた瞬間の映像はない。引き摺られたような黒い染みが、女の子の一人から白い道に伸びた。直後にオレンジ色のロゴが映り、私は「ニコロデオン!?」と叫んでいたと思う。思わず、といった調子で。
 確か、スマホのカレンダーを見た。新聞の日付で確認したわけではなかった。この日は八月の十三日だった。途端にじわりと思い出した。私が出掛けたのは、四月の始めだった。