いろはにわか

にわか者の感想文です。整合性より感受性。

夢日記

 こんな夢を見た。
 サイクリングが趣味の私は、晴れた真昼に自転車で遠出をした。行き先は決まっていなかった。あてどなく自転車をこいだ。しかしGoogleマップを見ると、妙光寺という名の寺が目に入る。角を左に曲がって、道が絶えた先にある。そこに行きたくなった。
 向かうと、確かに道とも言えない細い道が続いていた。私の他には横にもう一人通れるぐらいだ。踏みならされた土の道に沿って、雑草が生い茂っている。空は曇っていた。周囲には古い民家が点在していた。他より一段高いところまで行くと、もう雨がぱらついてきた。脇の家から中年の女性が出てきた。雨宿りしていかないかと言うので、私はそうすることにした。そこで意識が途絶えた。
 目が覚めると祖母の家だった。私は布団に横たわっていた。記憶にある通りの配置で、家具や雑貨が視界に映る。傍らでは古い友人が二名、沈痛な面持ちで座っていた。祖母が部屋に入ってきて、何か私に説明をしながら手渡してきた。中身は要領を得ないが、私が「発見された」という旨の報告だった。
 私はそこに、凌辱や蹂躙の意味を嗅ぎ取った。唐突な知覚だった。しかしすぐに、ほんの一日で大したことはできるはずがないと思い直した。流れるような思考だった。自分がそんなことになるはずがないという気持ちも、少しあった。ただ、深刻な目に遭って一時でも記憶を失うなんて出来事が自分に起こったのかという、緊張が発生していた。

 祖母が渡してきたのは新聞だった。どういう名前の新聞かは知らない。しかし私は、それが宗教団体の発行している新聞だと瞬時に把握した。白黒の写真で大きめに写し出されていたのは、珍妙な着物を着て、少し俯きがちに立っている自分だった。珍妙としか言えない、洋服に帯を締めたような格好だろうか。色は「黄色」が目に浮かぶ。白黒なのだが黄色だと感じる。特に帯の辺り。

 斜め下を向いている自分も普段と違って、もみあげや横髪が長いのに、後ろ髪だけざっくりと短かった。ふいに首の後ろに手を回すと、切り落とされた髪がちくちくとした。しかし私はずっと、そう日も経っていないのに大したことはできないと思っていた。
 この間に、新聞を出している宗教団体が流すCMが流れる。「解放」を表現しながら、若い外国人の女の子が二人、高いところから落ちた。地面にベッと落ちたようだが、落ちた瞬間の映像はない。引き摺られたような黒い染みが、女の子の一人から白い道に伸びた。直後にオレンジ色のロゴが映り、私は「ニコロデオン!?」と叫んでいたと思う。思わず、といった調子で。
 確か、スマホのカレンダーを見た。新聞の日付で確認したわけではなかった。この日は八月の十三日だった。途端にじわりと思い出した。私が出掛けたのは、四月の始めだった。

ピクサーの映画がつまらないのはお前が悪い

 最新作「リメンバー・ミー」に対する攻撃的な感想です。
 リメンバー・ミーに対する、攻撃的な感想です。
 
 見た直後の直感による感想なので、情報や知識が足りない部分があります。
 例えば「原題“COCO”ってどういう意味? なんでこの題名?」と思っている程度の知識のなさです。もしかしたらスペイン語でほにゃららという意味を持つ単語なのかもしれませんが、まだ調べていないので知りません。
 ついでに他の人の感想も読んでいません。映画を見た感想、そのまんまです。
 
 当然ネタバレを含みますし、既に見た人でなければ何が何やらかと思われます。
 また途中で「カーズ/クロスロード」「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」にも触れていて、それに関するネタバレもあります。
 それでもよければどうぞ。
 
 
 
 
 
 

なんか評判がいいらしい

 見た切欠はこれ。元々TOHOで何度か予告は見ていて、その時点ではそこまで惹かれてはいなかった。
 公開後、評判がいいという噂を聞いたので見ることにした。
 特に「歌がいいから字幕で見たいのに字幕で公開してる劇場が少なくて困る」と言われていた事にわくわくした。この手の拘りから生じる評価が上がるってことは、いい映画なんじゃないかと期待した。
 そもそも海外産は字幕で見る派だから何も困らないし、リメンバー・ミーの日本語版の歌は聞いたことが無い(か、あっても忘れてる)のでどういう歌かは知らない。ぶっつけ本番で聞く歌、見る映画。わくわくした。
 しかし結論としては、そんなによくなかった。
 
 

展開にどんでん返しが無さすぎる

 一番気になったのはここ。
 確かにキャラの行動の前提となっていた出来事が覆されることはあったし、それで驚くこともあった。奥さんめっちゃ歌うまいとか。でもそれは小さな驚きでしかない。
 
 一方ストーリーのキモであるミゲルの先祖に関しては、あまりに直球。分かる人はヘクターが出てきた瞬間どころか、デラクルスの高祖父疑惑が出てきた時点で、予告に登場していたヘクターを思い出して「ははぁ、こっちが本当の高祖父って展開だな」と分かるかもしれない。
 始めはデラクルスは偉大なミュージシャンとして描かれるが、明らかに俗っぽく栄華と名誉を前面に押し出した描かれ方なので、当然その評価がひっくり返されるというフラグが立っている。なんかうさんくせーなと。なのでミゲルが必死に彼を追い求める展開があっても、はたしてどういうひっくり返され方をするのか?という点に注目しすぎた。そこまで身が入らなかった。
 ただ、だからずっとつまらない、というわけではなく、考えながら見るのは楽しかった。ミゲルがパーティで演奏し始めた時は想像が膨らんだ! デラクルスがどういう反応をするのか、流してるクラブミュージックから思うに「もうその音楽は古いね」と笑ったりするのか、ミゲルの才能に嫉妬して許しを与えない展開か、等々。
 だからこそ、デラクルスの本性も特に驚きはない。ミュージシャンが人としてはクズだったりパクリが平気だったりするというのは、物語としてもあるいは現実としてもよくあることだ。頻度としては少なくても、よくあることとしてインプットされる属性だ。だからデラクルスがそうだったんだよと言われても、悪役として設置されたんだねと確認しただけに過ぎなかった。
 
 そしてそれからあとは何もない!
 
 こいつがアレだったということはヘクターがモノホンなんだなと察しがつくし、実際にそうだし、もうその後のドタバタも予定調和の範疇なので「でも、もしかしたら何かあるかも…」と思いながらつつがなく終わった感じの映画だった。狐につままれたような気持ちになりました。
 
 

同時上映のアナ雪が思ったよりも良かった

 なんで映画見ながらそんなに驚きてえんだよと思われるのかもしれないけど、原因の8割は多分こいつのせい。リメンバー・ミー見たいけど外出するのだるい、けどこの新エピソードは見たいから見なきゃ。と思う程度に元々好きだった。
 そして、思ったよりも良かった。アナとエルサが仲良くしているのには和むし、オラフとスヴェンのリズミカルな訪問は楽しい。
 
 ハラハラドキドキとまでいかなくても、短い時間の中で おっ と思う流れがけっこうあった。パーティやるのかと思ったらやらないし、伝統持ち帰って見せる(見せた後に私たちの伝統は他の人たちの伝統から見つける物じゃなくて…って流れ)かと思ったらダメになっちゃったり。
 特に、手袋いっぱい並べてあったりして~?というフリがマジだった所が好き。
 エルサの諸問題はいくつか解決したようだけど、いくつかはまだ解決している最中であって…言ってしまえば傷跡は残っている。そういうことは世の中に沢山あるものの、それをシリアスになりすぎずに描くのは難しい。まだ解決していないのか…とかいつまでウジウジしてんだよ!と思われかねないから。
 でも、浅くもなければくどくもない描き方でよかった。人によってはあの1カットはギョッとするだろうし、ふふって笑っちゃう人もいると思う。
 多分、エルサって、ちょっとめんどくさいんだよなw めんどくさいと言うのはひどいけど、思っちゃうのは仕方ない。これはエルサの特徴のうち、めんどくさいなwというちょっとした笑いどころとして用意されていると思う。メンタルが弱いわけじゃないけど考えこんじゃうところがあったりな。でも、こいつめんどくさい奴なんだよ~wwって描かれ方されたら、一気に毒になりそうな危うさもある。このキャラ造形がなんか好き。
 
 話がずれたけど、このエピソードはオチがいい。すったもんだあって、さらっさらの雪に埋もれてるオラフがやけにかわいらしい、そしてアナとエルサの出した答えは予想ついてる人は予想してたんでしょうが、私は虚を突かれた。要は青い鳥なんだけど…青い鳥のストーリーラインをなぞってるってことに気づいてなかったし。
 ていうかオラフが雪だるまとして生き生きしすぎて元々の出自を忘れてたんだよ!!
 そういえば君はそういう存在だったな…と二重に驚きがあった。でもオラフも自分のこと忘れてたと思う。
 
 こういう流れで先にびっくりしていたので、リメンバー・ミーに関しては、お前既存キャラの新エピ以下の目新しさかよと思わざるをえなかった。
 ちなみにアナ雪に悪い点がないわけじゃない。クリストフは今回描写としては割を食ってるなと思った。あのギャグは笑っちゃうんだけど。クリストフはアナに対するヒーローというキャラではないよという演出が、嫌な人はいそう。
 あとクリスマスの話で盛り上がっちゃってるけど、外ではもう桜が咲いてるんだよなあ…。一番クリスマスのことがどうでもいい時期に公開されてしまったのは残念。
 
 

わりとヘクターがよくわからない

 気になった点二つ目。
 ヘクターは最初はウソつきで、出国審査をズルして通り抜けようとしちゃうし子供に取引を持ち掛けるようなキャラ。それがホントはいい人で…というのはいいんだけど。
 本当に「いい人」でしかなくなった。
 序盤は皮肉っぽさというか?斜めに構えてる所が見られて、でもその分、望ましい形からあぶれてしまった人と通じていたりする多層的な面があったと思う。
 けど色々発覚してからは、汎用人型善人って感じ。序盤の雰囲気がマジでまるで無くなったのがわからない。私が何か見過ごしていただけなのか? 自分もミゲルも死にかけてるからしょうがないのか。
 でも話終わった後のヘクターは、もう他人をおじさんやらいとこやら呼ぶことはないしあの場所にも行かないだろう……って思っちゃうぐらいになんか違う人だ。実際はどうだか知らんので、もしかしたら、よくあるように背景とかでこの疑惑を否定していたりするのかもしれません。そこまで細かい描写は目に入ってない。
 
 大勢が讃えるデラクルスを一人皮肉るポジションも、真相を知ると印象が変わってくる。ウソつきと見せかけてそうじゃなかったって所も。……なんでもっと怒ってないの? そして目の前にいると怒りだすの? 自分の写真が祭壇に飾られないような状況で何十年も、何を考えてデラクルスのバカ騒ぎを眺めていたのか、私にはさっぱり分かりません。自分の作った曲を他人に盗まれるという行為が、ヘクターに上手く重ならない。
 てか序盤の借りパク常習は何だったんですかね? それだけ生者の国へ行くのに必死だったって意味?
 「リハーサルしろよ!」という台詞はヘクターが音楽家である(一方で、デラクルスは…)というフラグを示す良描写だし、「子供の前だぞ」ってシーンは面白くも根の善人要素が滲み出ていていいんだけどなあ。
 
 

なんてミゲルに都合がいい話なんだ

 三つ目は、そんなこと言うなやって指摘ですが気になったんでしゃーない。
 発生するトラブルを解決できるから都合がいい、という意味じゃない。そこは素直に楽しめる。
 
 一番、都合がいいなと思ったのは、デラクルスが悪人だと分かった途端にデラクルスが高祖父じゃないと判明したこと。
 正直、普通ならそこを気にしなかったと思う。でもミゲルが「人殺しの血を引いてなくて良かった!」というようなセリフを言った途端、めちゃくちゃ気になりだした。
 だったら人殺しの血を引いてた方が面白いよなあ!!?
 偉大な音楽家だと思っていた高祖父は盗人かつ人殺しで、音楽によって確かに一時を分かち合った人はその被害者で…という流れの方がドラマチックだと思う。綺麗な血でよかったねって話に何を思えばいいのか。そらよかったわな。よかったってだけです。何も乗り越えてないよ。障害がなくなっただけ。
 
 他にも、行方不明になったと思ったら翌朝発見された子供がにっくき音楽を始めてもなんか察してくれる家族とか、たった一年でミュージシャンの栄誉を取り下げて無名の人間の評価が上がるとか、トントン拍子に話が進みすぎ。あの世界でもリメンバー・ミーが上映されてたのかなって思うくらい。
 そのくせクライマックスで妙にタメるのがいやだった。見ながら「はよ弾け」とずっと思っていた。今にもヘクターが事切れそうって時に、絶対そんなことさせないと思いながら帰ってきて、傍のギターを抱えて走って帰ってきたのに、何故、そこでタメる。弾くために帰ってきたんと違うか。なんで「ハッ…ギターがある……!」みたいな反応をするのか。
 
 

音楽の力 ってなんだ

 テーマの一つと見せかけて全然そうではないような「音楽の力」。
 端々でそれはちゃんと主張される。正確には音楽の重要性とか才能の重要性。「殺そうとしてる!」あたりはミゲルの持つ音楽の才能描写が非常に強い説得力を持っていたこともあり、映える場面だった。
 でも、音楽の力ってなんなんだろう?
 
 認知症を回復する効果があるとかじゃなくてさ。音楽に力があるってことを私達は知ってると思うんだけど、この映画において私はよく分からなくなりました。何が分からなくなったのかも分からないくらい。
 
 なんていうか、この映画で描かれているのは音楽の力じゃなく「力のある音楽」だと思う。
 というかこの映画に限らず、音楽万歳映画が称賛するのは大抵、音楽の力じゃなくて力のある音楽。ヘタクソの音楽はダメ。空気読んでないのもダメ。犯罪者もダメ。多分犯罪者の血を引いている人の音楽もダメなのでしょう。音楽にはそれを乗り越える力がないと判断されました。実際、そういう展開にすると「犯罪者の血筋」に関する価値観闘争に発展するので正しい判断だ。
 正直、音楽の良さに関して血統主義に片足突っ込んでるところが薄気味悪くてノリについていけないみたいなところある。才能ない奴の血を引いてるかと思ったら、本当は才能ある方の血を引いてたぜ、って展開がものすごく上手く機能した結果だと思う。自分のルーツが、あるいは主人公として数多の子どもの分身となるキャラクターのルーツが、誰にも崩されない確固としたものである事は重要だと頭では分かっているけれど。ちょっと不気味だ。
 力のある音楽を、音楽の力として伝えることが常に失敗するわけではないんだけど。
 
 それに単純に、音楽は人々に感動を巻き起こすよな。それが音楽の力だと言われたらそうだと頷いてしまうくらい。
 だからお話としては、ミゲルは絵画の天才でも演劇の天才でも何でもよかったんだけど、他人を感動させるノウハウが一番確立されているのは音楽だから。だからミゲルは音楽の天才として設計された。……それが「音楽の力」なのかもしれません。
 
 

ていうか親戚って家族か?

 私は家族じゃないと思う。あくまで親戚は、血のつながりがあるだけ。
 それにミゲルが作品を通して交流を深めたのは死んだ親戚であって、交流を経て遠い親戚を家族だと思うようになるってのは全然いいよ、でも今生きてて一緒に暮らしてる家族とは衝突の方が多かった。にも関わらず、死んだ親戚と交流を深めたら、生きていた家族との間にあった蟠りも解消された。
 
 なんで?
 
 まあ認知症が回復したら音楽すげーってなるから認めるのも分かる…って絶対そういう意図の描写じゃないから。「ミゲルが家族に嘘をついていた」とか「音楽が家族をばらばらにする」点に関しておばあちゃんめっちゃ怒ってたけど、その点は特に何も改善されてないよ。でもいい流れになったしエンドロールも近いからおばあちゃんは急に物分かりよくなった。
 実際のところ、音楽によってココおばあちゃんが「戻ってきた」のだし、音楽は家族をばらけさせるものではなく、一つにしてくれるものなんだと思えたからおばあちゃんの態度は軟化したのだろうけど…。ラストシーンは本当に、家族が一つになったという描写としてとてもいい。幽体離脱ギター好き。シーンだけ抜き出せば良いシーンなんだ。
 それに、死者とのつながりを大切にすることを嫌がってるわけじゃない、そうすることで生きてる人と向き合うこともある。
 でも作中のミゲルのしたことは特にそういう行動ではない、自分が今一緒に暮らしてる家族とぶつかり合ってから分かり合ったわけではないだろ。って思う。
 親戚/家族・死んだ/生きてるの区別も本筋じゃなくて、要は違う人じゃん。
 
 ミゲルの父母が何を考えてるのか、内面描写もほぼほぼ無かったので何の思い入れもないし、ラストで家族が増えても感慨もクソも無い。まあココは死んでんだろうなと思ったな。
 果たしてこれは家族愛を描いた映画だったんだろうか?
 
 

犬死んでね?

 はっちゃけてるけどかわいい犬がカラフルな聖獣と化した時、正直どう反応すればいいのか困った。
 それがいいことなのか悪いことなのか判断つかない。そうなる必要、あった? ていうか死んだのかと思った。
 死者の国の存在になったということなのか、元々そうだっただけなのか? そこは想像の範疇でいいと思うけど。とにかく困惑しました。犬死んだの? もしこれが避けるべき事態でないというのなら、ミゲルが死者の国の住人になってもそんなに困らないよな…? 無論、本人の希望が第一なのでミゲルが死んでいいということにはならないけど、じゃあ犬の希望ってなんだよって思っちゃう。
 元々ダンテが聖獣になりたがってるみたいな描写があって、私がそれを見逃していただけだったんだろうか。
 
 

死者の国ってそんなによくはない

 超々個人的な感想。死んだらみんな同じところに行ってそこで暮らしている、ということは別世界というより、寿命が延びたようなもんだと思う。現実の延長です。
 だから実際にもしもメキシコに死者の国があったら、生者の国と同じような世界なんだろな。と思うと全く夢がない。麻薬が効きそうにない体なので、もう少しマシかもしれないけど。
 
 それに、殺人者と被害者が同じ世界に住み続けるシステムって怖いよ。
 もしも私が殺人者だったらもう一回殺しに行ってみるだろうし、被害者だったらもう殺されないためにはどうしたらいいのか分からなくなる。
 それに生きていた体がどうであったのかが無視されない、死に方なんてどうでもいいという考えはないようだから……支配感のために殺人する人にとっては、死者の国からが本番だよな。死者の国の警察は大変だな。
 
 流石に作中でこんな描かれ方はされていない、ひねくれた見方なので、間違った感想とでもいうべき感想だけど。天国と地獄って概念はこういう懸念にも対応してるんだなと、変なところで感心してしまった。
 
 

いい歌にはもう飽きた

 感想という名のうんこをひり出してしまい申し訳ありません。でももう飽きたんだ。
 リメンバー・ミーがそこまでいい歌だと思えなかったのは歌や作品の問題ではなく、「感動するストーリーと感動する歌」という合わせ技に慣れてしまって、あとは琴線に触れるか否かでしかなくなってしまったんだと思う。
 そして今回は触れなかった。それだけ質の良い音楽と映像をバンバン輩出しているという点でディズニー・ピクサーは凄まじい会社だ。
 
 そして歌だけじゃなく話にも飽きてる。波乱があって一度は何かしらダメになってしまうけど、力を合わせて頑張る話。王道だから好きです。何度でも見たい。でも、何かの要素に既視感を覚えると一気に陳腐なものになってしまう恐れがあるみたい。
 盗撮で悪役の自白を公開って、ズートピアで似たようなことやってたな…と思った瞬間なんかゲンナリした。この行動ってあまり劇的ではないと思うんですけど、手っ取り早く成敗できるから使われるのかな。盗撮や盗聴が必殺技として決まってもなあ。なんかな。
 ショーの体裁を取り繕いつつ、水面下で攻防するシーンは結構ハラハラして好き。色んなキャラクターが活躍するという点ではこのストーリーラインから外れてほしくはないんだ…。
 
 

基本的に良質だと思うが好きになれない作品、という見方

 ああだのこうだの文句を言ってきたけど、「リメンバー・ミー」は問題のある映画、と言いたいのではない。
 美術や映像や音楽は本当にレベルが高いと思うし、ミゲルの歌声は聞く人をはっとさせる。これは何物にも阻害されない、いい歌声だと思った。だから人に見せたくないとかクソ映画とは全く思わない。ストーリーだって伏線を張りしっかりと回収し、メッセージは真っ直ぐで、これはいい映画なんだと思う。好きな要素だっていっぱいある。
 
 そういう風に、リメンバー・ミーについて考えているうちに思い出したのは、ピクサーの前作、「カーズ/クロスロード」です。
 私はこの映画、見ました。確か同じ時期だか同じ年だか「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」が上映されていて、それを見たついでに何かもう一作みたいなと思って、見た映画だった。
 
 これは、いい映画だった。
 私は「カーズ」シリーズを一作も見たことがなかった。キャラクターは誰一人として分からないし、カーズという作品があることすら、うっすら知っている聞いたことあるかな程度。にも関わらず物語にすんなり入り込めたし、車が喋ってレースする世界観に何の違和感も覚えなかったし、途中までは主人公に自然と感情移入できた。本気の物語だと思った。
 これはすごい。
 全然シリーズに馴染みのない人間を引き込むには、物語そのものに強力な牽引力がないといけない。その点で比較すると、正直、キミきめは全くもってそういう力がなかった。「サトシとピカチュウの出会いの物語」というフックは手堅く、強かったけど、物語自体は大したもんじゃない。ちょっとつまらないくらい。ポケモンポケモンのいる世界の魅力でもってる話だった。もうポケモンさえいればサトシすら必要なくて、「人間役」として誰かが実行すればいい感じ。この辺は語ると長くなるのではしょるけど。
 「夢破れた者」の描き方も力量の差があって、中身のあるなしで言えば、絶対に「カーズ」の方に軍配が上がる。そこが主題か否かという大きな違いはあるけれど、キミきめはもう何か言ってるようで何も言ってないのと同じみたいなじーさんがいただけだし。そこ被っちゃったかー…と気まずさすら覚えた。
 
 でも、私は「カーズ/クロスロード」、全然好きじゃない。
 好きな映画がいい映画ってわけじゃないけど、いい映画は好きなるものだと思ってた。客観的に見たらいい映画だけど全然好きになれない、という感覚を初めて味わった。※だからといってキミきめが好きというわけでもないです
 理由は、終盤からの展開とオチが気に入らないの一言で済む。
 どんでん返しという意味ではものすごく驚いた。そういう展開が来るかと衝撃だった。マックィーンが勝利をつかむのは難しいと薄々感じていたし、でもどうするつもりなのか分からなくて、そこに出された答えには新しさを感じた。
 でも、新しいけど、かっこよくないよ。代わりに勝ってもらうって。
 そういう意図ではないことは分かるし、現実的で後の世代にも継がれていく美しい流れなんだけど、なんか「代わりに勝ってもらったのか」と思ってしまった。一年前に抱いた感想だから詳しい内容は忘れてて、実際は夢の代替わりってロマンないなってニュアンスだった気がする。とにかく一度そう思うと、そもそも、そういうことしちゃっていいの? ていうか車体の世代差はどうなったの? …と、色々気になり始めて、感動しにくかった。
 
 そういう気に入らなさと、「でも物語はすごい」という感じ方が、心の中で同居している。「リメンバー・ミー」もそう。
 
 

でも、ピクサーは悪くない

 と思う。ここまで私が述べてきたことは全て、私が思っているだけのことだ。確かに映画の感想だけど、映画には関係ないとさえ言える。こんなん思われても作る側からしたら知ったこっちゃねーだろう。
 面白いストーリー、鮮やかで目新しい美術、生き生きとしたキャラクター、壮大な音楽……映画が追求すべきものはその辺りで、それらが上手く組み立てられ、組み合わさっていることが大事なのだろう。そしてピクサーの映画はそこを軽々とクリアする。実際には軽々ではないだろうけど、実に軽快なステップでぽんぽんと目標をクリアしていくように見える。大人も子どもも楽しめる作品として成立している。
 
 だから気に食わない何かがあるとすれば、その原因は私にある。要は、私に合う映画ではなかったのです。私個人の考えや感覚が、この作品と概ねちょくちょく合わなかったにすぎない。
 そしてそれは技術やノウハウで乗り越えるような壁などではなく、リメンバー・ミーは特にどこかを改善すべき映画ではありません。
 だからきっと、ずっと好きじゃない映画なんだろうな。
 

 

 

サン&ムーンいいとこ100点満点 1枚目

サン&ムーン見てると

 いいね! と思うポイントがいっぱいあるんですけど、あまりに雑多でまとめるのが難しいです。
 ので、思い付いた順から言っていくことにします。
 記憶力がアレなんで最近の話に偏りそうな気がしますが、出来る限り書いていきたい。
 つらつら書いていけば100個くらい挙がりそうだなと思ったので、このタイトルにしました。でも見切り発車なので20個くらいで言い切れるかも。ともあれ出発進行!
 
!!※軽率なネタバレがありえます!!
展開やキャラや手持ちポケモンについてです。
録画を貯めている人・全然見てないけどこれから見る予定の人・最終回を迎えるまでアニポケは見ないという信条の人(そんな人いるのかな…)皆様、お気を付けください。
 
 
 
 

1.「足の力、強ぇ…!」

 くさばねポケモンモクローにバナナあげようとして、腕をがっちり掴まれた時のサトシの台詞。
 モクローはめちゃくちゃかわいい、まるでぬいぐるみみたいなまーるいラインのポケモンだけど、バトルに向いた特徴があることが伺える。
 私はこのシーンかなり好き。軽く感動するくらい。
 ポケモンは基本的に「わざ」を出してたたかう生き物で、そのわざは現実の動植物とは異なる特殊な器官から放たれることも多い。ピカチュウの10万ボルトとかその代表。
 でも一方で純粋な身体能力を語ることもできる。サトシと出会ったモクローのことを詳しく知らない人に、モクローがどういうポケモンかってことを、そういう観点から伝えてくの、すごくいい。
 なんだろう、フクロウのめっちゃ静かな飛び方に注目するみたいな…犬の嗅覚は人のちょちょ億倍みたいな。そんなリアルな着眼点がいい。生態の描写。
 モクローがわざと強く掴んだわけじゃなくて、単にうまそうなバナナ食べたくてサトシの腕にとまっただけってのもいい。固い爪に対して人間の肌はやわらかい。違うんだってところが魅力的に映る。
 爪の強さに気付いてちょっとワクワクしてるサトシも、ポケモンを見るという点ではもういっぱしのトレーナーに思える。
 

2.「アローラ!!

 サトシの元気いっぱいな台詞から始まるOP。前シリーズのXYおよびXY&Zと比べると声のトーンが高いので、始めは慣れなかった。語りが入る歌ってのも今までの中だと「スパート!」くらいで、あの曲は語りなくてもいいよねと個人的に思う。
 でもOPの度にこいつの故郷はマサラタウンやと言うことで、いかな見始めたばかりのちびっ子たちでも、こいつの故郷はマサラタウンやと認識できるはず。後々「マサラタウンにさよならバイバイ」と言われても、マサラてどこやと思わなくて済むはず。そういう効果もあると思った。
 そこ以外も端々に無印のOP・EDへのリスペクトを感じる歌詞。ぜひフルで聞いてみて、あーここねーって感じてみてほしい。
 サトシとピカチュウが仲良く歌ってるという点でも垂涎もの。実は初めてなのかな? 二人は長年一緒にいるけど、ピカチュウが合いの手でなくしっかりメロディ歌うのは初だと思う。人の言葉を喋らないポケモンがそういうことをするのかどうかって点で実現したことはなかったけど、前シリーズでピカチュウがEDをしっかり務めて視聴者の反応もよかったのでイケると判断した…ってことかもしれない。全部単なる想像です。もし既にデュエットしてたらごめんなさい。
 サトシは相変わらず歌うめーけどピカチュウもけっこう上手いよね。ピカピカかわいいから感覚おかしくなってる部分もあるか。でもやっぱ徹頭徹尾ピカピカ歌ってるのはすごい。Cパートだか間奏だかのまったりした歌声よい。好き。眠くなる。てかこれで寝たい。ピカチュウの子守歌聞きたい!!オギャー!!!
 映像はレギュラーキャラやそのほか登場キャラの紹介を兼ねつつ、アローラ地方の雰囲気をたっぷり感じられる。ストーリーの進行に合わせて変わるのも丁寧でいいね。
 これまで3人ないし4人だった人間キャラが一気に6人になり、全員各々ポケモンを持っているという状況なのでキャラの紹介は念入りにやっている。人間+ポケモンで一組ずつ出して、さらにバトル時をイメージした映像で一組ずつ出すという念の入りよう。滑り台滑るのにも各人各ポケの個性が出てる。
 あと全員が順番にわちゃーっと出て来て消えてくようなシーンだと、リーリエにぱっと目がいって、ヒロイン力しゅごい…と時々思うのですが(リーリエのビジュアルめっちゃ好き)、初めて感じたのがこの滑り台のシーン。
 その後のあいやいやって何なのか分からんが、あいやいやよね。何なのか分からんけどソーナノねって所がアローラ地方の特徴ではないでしょうか。
 サビの疾走感は見ててすっごく気持ちいい! ちょっと崩した絵でガシガシ動かすが違和感は極限まで減らしてる。ずっと動いてるわけじゃなくて、緩急はっきりしてメリハリきいてるから見ていて気持ちいいんだろう。ポケモンに向かってくピカチュウがニヤッて歯見せて笑ってるのがいい。
 サンとムーンの切り替わりもスムーズ。去ってくカプ・コケコと代わって月の彼方から現れるルナアーラ、いい登場シーンだ。
 Zワザのシーンは1000万ボルトが超超好き。音ハメ気持ちいい。何やってるのか眼で追えねえ。
 

3.「ポーズ」

 踊るED。OPがよー動くのにEDまでよー動く。そこまず感動。
 幾何学的な背景には神秘性を感じます。ちょっと音ゲーのプレイ画面みたいだ。太鼓の達人ポップンミュージック。確かに音ゲーは修行だからポケモンバトルに通じるところがある(?)
 リズムに合わせて踊ったりZワザのポーズを繰り出していくサトシとピカチュウがかわいい。「ノーマル・かくとう・どく・じめん…」と「ビシバシ ビシバシ ドーン!!」のところが好き。かわいい!!
 途中でZポーズの内容が2番に変わって、他のタイプのポーズやサトシたち以外のポーズも見られるのがいいな。私はゲームの方は未プレイなんでポーズはアニメが初見になります。エスパーのやつが謎めいてて、超ゆんゆん出してそうで好き。
 ポケモン言うなら「ピカチュウカイリュー、ヤドラン、ピジョン」があるし(私はそれでもメノクラゲまでしか言えませんが)あとBWにもそういう歌があった。けど、タイプ言うのはこれしかないはず。これで完璧。
(※3/17追記)
 と、ふざけたことをぬかしてましたが、XYの一番最初のOPの初っぱなから歌ってましたね! 完全に忘れてました。ごめんなさい。
 サビがグッとくる歌だけど、個人的には、Cパートにもっと感動する。歌われてるのはタイプなんだけど、色とりどりで個性色々なポケモンたちが浮かんできて、ポケモン賛歌という雰囲気すら感じる。トレーナーの数だけ、そしてポケモンの数だけの「キミきめ」があるんだ。
 

4.「未来コネクション」

 そしてこのOP!
 アローラ!!かなり好きだったので、変わると聞いてちょっと不安だったけど聞いた瞬間、気に入った。曲調と歌詞と歌声が見事に調和しててb
 今後の展開で鍵を握るUB視点の歌、まずポケモン視点であることがここまで明確なOPって今までない。はず。映像も、サビ直前までほとんどポケモンという徹底ぶり。だからこそサビの転調、明るさ、トーンの上がり方、キャラクター達の生き生きした動きが映える!
 さらにいいなと思うのは「決めてるのは人間だけじゃない」ってことを、はっきり示している点。
 ポケモンだって決めてる、ってことをアニポケは常々表現してるけど、時間としては1分もない間に歌と映像でこうも鮮やかに描かれると、本当にそうなんだと理解ってしまう。しかも人間のアプローチに対してポケモンが応えるという形の決め方ではない、ポケモンポケモンにキミきめ! 決まってら~
 幻・伝説系のポケモンにサトシでなくピカチュウが気に入られるのも、珍しい方だと思う。他だと波動の勇者のミュウがそうだったっけ? 大概行くならサトシの方に行くってイメージがあるので、そこも新鮮。
 一番好きなシーンは、くるっと一回転するサトシのくるぶしと、駆けてくピカチュウのちっちぇー足跡と、最初の空と、車にびっくりしてへたれるベベノムと、逆立ってるピカチュウの毛と、それから全部なんですけど、みんなで空を駆けるシーンが特に気持ちよさそう。サトシめっちゃ遠。あとリーリエの一瞬にやっぱり注目してしまう。チルタリスの配色とふわふわがマッチしてる。
 そんでやわらかなタッチのイラストは見ていて幸せな気持ちになる。この部分ポストカードとか何かしら形にされて発売されないかな~家に飾りたい。しかもこのイラストで、初めて気づいたことがある!
 

5.女子メンバー、手持ちポケモン1体という事実

  エッ……うっそだ~~、だってほら…あの……あれ…?
 って気持ちに本気でなった。この事実を意識した時。なんかもっといっぱいポケモンもってる感じがしてたんですが、60話以上経ってもレギュラー女子メンバーたるマオ、スイレン、リーリエの所持ポケはパートナーポケモンのみです。スイレンにいたっては進化や孵化もさせていないし、従来のアニポケヒロインと比べると、3人束になってようやく数としては追いつくという。
 でもそれが、欠点や描写の足りない点ということには全くなってない。
 まるで姉妹のようなマオとアママイコ(君ら見た目似すぎ!)、スイレンアシマリの強い絆、少しずつ近づいていくリーリエとシロンの距離。視聴者は長いスパンをかけてそれらを見ることになるので、3人がポケモンと縁遠いとは感じない、と思う。
 ていうかポケモンと関係ないことを、彼女らはめったにやらない。ポケモンアニメってそういうものなんだろうけど、何をするにしても自分のポケモンと一緒だし、基本連れ歩きスタイルだし…自分のポケモンと一緒に○○やろうぜ!という話が多いので、手持ち1体という点がかえって有利に働くこともある。複数のポケモンに描写が分散されないから、薄くならずに済む。
 みんなある程度バトルできるってのも大きい。ポケモンとの信頼関係がばっちり築かれていることが分かりやすい。純粋にバトルしてる時に限らず、わざを指示したり作戦を考えたりする時ってのは疑似的なバトル状態とみなせる。トレーナーの力量が試される瞬間。そうなるとバトルそのものの回数は決して多くない3人だけど、へたくそではない。バトルは苦手だと自認するリーリエすら、地面にこなゆき吹っかけてスケートリンクにするぐらいの発想はあるわけで…レベル高い。
 それに、ゲットしてない・自分のじゃないポケモンともみんな交流するから、1体だけにかまってるという印象もない。しかも、いろんな流れでポケモンと出会うから見ていて飽きない。ヤレユータンヨワシやピクシーや、他にもあいつとかあいつとか。
 バトル&ゲット以外の形でポケモンとどう繋がるか、どう心を通わせるのか、そこはアニポケの強みだと思うし、いっぱい期待するところ。
 

6.彼女らのバランス

 実は女子3人の描写量も、最終的にはバランスよくなるように考えられてると思う。
 クラスメイト合わせて6人を、常に30分の中で全員消化するという無謀な試みは、やる前から捨てているみたい。だから放送開始当初はあの子が出すぎとかあっちはどーしたとか不満も出た所があったけど、一区切りついた今となってはみんな目立ってたと思う。マオが元気にサトシを引っ張ってく回があれば、スイレンが芯の強さを魅せることもあるし、前半引っ込んでることの多かったリーリエは後のエピソードでメインを張った。それぞれの特徴や、やること・やれることが明確だからやりやすいのかな。
 ポケモンの育ち方もバランスとってる。アマカジアママイコに進化したり、シロンが卵から育てられたポケモンだったりする一方で、進化していないアシマリZワザを覚えた。その育ち方も”らしい”というかなんというか、納得いったり魅力的だったりする。
 この先どうなるかまでは分からないけど、そんなに不安がない。もしも誰かが手持ちを最終進化まで育て上げたら、誰かは新しいポケモンをゲットするかもしれない。そんな感じで安心しつつゆるーい期待をしてます。
 
 

あとがき 

 100個くらい挙がりそう! と言いましたが 長すぎる…。こんなはずではなかったんだけど。もっと1個につき1~3行くらいでテンポよく投げてくつもりだった。1項目のうち好きポイント10個くらい余裕で含まれてそう。
 だから多分100はいかないでしょうし、今後はもっと短くまとめたい所存です。
 
 つづく。

      アニポケがいいぞ

結論

 今のアニポケ、ポケモンのアニメがいいぞという話です。すごくいいぞ~。
 これからもこういうアニポケを見たい!
 みんなも見てください!
 以上!
 

蛇足の前に自分用もかねておさらい。

 アニメ・ポケットモンスターは1997年4月1日より放送が開始されて以来、一時期の中断を挟みながらも、20年以上続いているご長寿キッズアニメ。放送回数にして1000回越え。
 (株)ポケモンより発売される同タイトルのロールプレイングゲームを原作とする。主人公の少年・サトシと、ふしぎな生き物・ポケモンが織り成す絆と冒険の物語。
原作ゲームはおよそ2~3年おきに新作シリーズを輩出しており、ファンの中で「世代」という呼び方で区別されている。第一世代、第五世代など。
 それに合わせてアニメもシリーズチェンジを行っており、(一部を除いて)仲間であるレギュラーメンバーは変更されるのが通例。アニメシリーズ名は古い順から、無印(サブタイトルが無い故の呼称)→アドバンスジェネレーション→ダイヤモンド・パールベストウイッシュ→XY→サン&ムーン。
 現在放送されているサン&ムーンは、物語や登場キャラクターを原作ゲームでいう第七世代「サン・ムーン」および「ウルトラサン・ウルトラムーン」を元としている。
 
 私は原作ゲームは第六世代「X・Y」のみプレイ経験あり(未クリア)。「サン・ムーン」は未プレイだけどネットで色々調べて評判は見た。初めて映画館で見た映画がアニポケ初代、ミュウツーの逆襲。しかしアニメシリーズでまともに見たことがあるのはベストウイッシュ(途中下車)とXY(脱落)。という、ニワカというかいっちょ噛みというかそういう層です。
 そういう層ですが、現在放送中のサン&ムーンに結構ハマっている。
 

サン&ムーンのいいところ

 サン&ムーンのいいところは4つです。
  1. キャラがいい
  2. 話がいい
  3. 作画がいい
  4. 音楽がいい
 つまり、いいアニメ。
 人間で例えると、性格がよくて行動がまともで顔がいい上に楽器まで弾けちゃうみたいなものです。そりゃ好きになるわな。アニメと人は違うけど。
 しかし、それぞれがどう良いのか個別に述べるのは少し難しいと思いました。というのも、各要素が複合的に絡み合って全体を成しているため、分解して説明しても不完全な説明にしかならないでしょう。
 
 だから一つキャラの具体例を上げます。
 キテルグマです。
 キテルグマというポケモンがいる。
 正直、原作ゲームの時点では、ちょっと嫌い寄りのポケモンでした。やってもないくせに嫌い、という。ひどいけど仕方ない。
 見た目は着ぐるみの熊のよう、ピンクと焦げ茶色で、シンプルかつ愛らしいフォルムをしている。しかし図鑑の説明から伺えるのは危険な側面のみ。人を殺したらしき記述が、わざわざ図鑑に載っている。嫌なポケモンだなと率直に思った。会いたくない。背骨折られたくないし。自分が折られる想像しなくても、そういう状況がありうるってのが嫌。つーか鼻につく設定だ。
 アニメでもやっぱり登場シーンは危ない。森の中でサトシと遭遇して「クゥ~~」と、かわいい声でにこやかに手を振ってきたかと思えば、周囲の木々を薙ぎ倒しながら追っかけてくる。「キーッ!!」と叫び声を上げて。手を振るのはフレンドリーなジェスチャーではなく威嚇のサインなのです。
 怖…。
 そのアクションはすさまじく、己の重たい巨体をいとも軽々と操っているなあと見てるだけで分かる。サトシとピカチュウもそりゃあ全力で逃げる。当然、ゲットならず。
 しかし、悪役キャラのロケット団に出会うと、少し違った顔を見せる。
 ロケット団はシリーズ恒例、おなじみの悪役で、やることは変わらない。人のポケモンを盗もうとしたりズルして大会で優勝しようとしたり、悪事をはたらき、成敗されて吹っ飛ばされる。そして遠い彼方の星と消えつつ、「や~な感じ~!」の捨て台詞が定番だった。
 しかしキテルグマはそこに突っ込み、ロケット団を、回収し始める。悪事にいそしむ彼らのもとへどこからともなく現れて、おもむろに抱え込む。そして困惑まじりの抵抗などものともせず、自分の森へと帰っていく。
 ロケット団からすれば、負けて星にならずには済んだが、突如太くたくましいもふもふの腕に皆まとめて抱えられ、強制的にのそのそと森へ連れていかれる状態。いやって叫ぶ勢いはないけど、なんにもうまくいっていないし、逃げられないし、「なに、この感じ…。」と呟くしかないのであった。新しい。
 何が気に入ったのか、キテルグマは彼らを匿っている。巣に招き(拉致り?)食事をあげる。人間ではなくて木の実とか蜂蜜とかね。いい奴なのかどうなのか、その意図は読み取れない。つぶらな瞳を瞬かせるだけで、何も語らない。背中すら。
 以降、キテルグマロケット団がどこにいようと絶対に回収する、しまっちゃうクマさんと化した。相も変わらず吹っ飛ぶ彼らを、あるいは勝利フラグを手にした彼らすら、追いかける。そらをとぶ。海を走る。バイクになる。様々なパターンを創出しながら、役目を終えた彼らを抱え込む。別に彼らにゲットはされないし、悪事を止めようとする素振りもない。
 普段は何をしているのか、謎に包まれている。でも、何をしている、というものでもないのかもと思う。キテルグマは単に、森の中で暮らしているポケモンみたいだ。そこに寝床があって、食べ物があって。時には森に住む他のポケモンと交流することもある。最近は、ロケット団が近くにいる。ほとんど変化しない表情の中で、どうやら何か思うこともある。そしたら思ったように行動する。
 そういうポケモンなんだなということが、短い瞬間を繰り返すうちに、長い時間をかけて分かってきた。
 後にキテルグマは、異世界からやってくる未知の存在、UB(ウルトラビースト)の一種に遭遇する。赤く輝く筋肉モリモリの巨大な人型昆虫という強烈なビジュアルの持ち主。対面するや否や、言葉もなく、筋肉と筋肉の戦いは始まる。一歩も引かないキテルグマに、気付いたら「負けるな…!」と思っている自分がいた。
 
 こういう流れが、このアニメにはたくさんあると思う。単に悪印象を持っていても変わるということではなく、ちょこちょことした描写がどれも効果的というか。どれか一個なかったら、どこかで引っかかる部分があったら今のようには思えていない。
 全体通してみるとネタ回ありパロ回あり原作のストーリーなんのその、大味なつくりに見える人もいるのかもしれないけど、実は繊細な部分が山のように隠れていて、山だから見えてないだけなのかも…でもそれはただの山かも…。
 新しいアニポケだなと(勝手に)感じている。
 

他にも、

 細かい所で好きなポイントがいっぱいあって、自分の中でどんどん加点されてってます。色々あんだけど、あえてピックアップするなら以下のよう。
 
ポケモンが画面の端でちょこちょこ動く
 仕草がいちいちかわいいのはもちろんのこと、人間の意思が介入してない所でも動いているのは、月並みな表現ですが、リアルだなと思った。動物っぽい。
 今までのアニメでもこういう描写普通にあったのかな? でも私が、おっ!と思ったのはケンタロスのゆれるしっぽに反応するピカチュウという描写だった。
 
・小ネタが継続される
 ちょっとしたギャグやキャラの設定が、その放送回に限ったネタかと思いきや後々にも続いていく。アローラ探偵とか野球選手とかパンケーキとか…ちゃんと地続きの世界だって思えて好き。
 
・なんと、サトシがかわいい
 もしもサトシのキャラデザのみを理由に見ないと決めた人がいたら、勿体ないなと思う。もう流石にいないかもしれないけど、もしいたら言いたい。見てりゃ慣れる。
 これは本当です。話が退屈じゃないから、追ってるうちに全く気にならなくなる。声もそう。
 ほんで動くとかわいい。キラッキラしてて毎日楽しそう。エンジョイしてるな~! アホ面ながらバトル時の頭の回転は早くて、機転の利いたことをさらっとやってくれる!
 何より、このデザインがアローラ地方にむちゃくちゃ合ってる。んでポケモンスクールの一生徒としてすんなり馴染んでる。そもそもあの学校(あのクラス?)は色んな子のいる所だけど。
 サトシのデザインってその地方の(そのシリーズの)アニポケの象徴ですらあるんだなと今更ながら感じる。初回から数回は変顔が濃いけれど、ていうか変顔はいつも強烈、だがそれがいい
 
・結婚ネタをむちゃくちゃ上手くまとめた!
 描写量は少ないのに、十分かつ地に着いた恋愛描写だった。びっくりした。
 
・OPとEDが曲も映像も良い、良すぎ
 「このアニメはこういう話です」と語るものがOP&EDdとすればこの上ないと思う。早く未来コネクションとジャリジャリフルで聞きたい。
 

ということで、

 ポケットモンスター サン&ムーン。楽しいアニメです。
 しかし、もう60話以上放送されているので今から見ても話ワケわからんだろ……と思いきや! Amazonプライムビデオなら1話から見ることができます。てかサン&ムーンだけでなく過去のアニポケシリーズも見られる。
 プライム会員ってすごいな。おまけにAmazonで買い物するときときどき配送料タダだし。プライム会員もいいぞ。